大義名分は“上杉の仇討ち”。
伊達が上杉に破れていればその大義名分は反転していただろう。
上杉との長きに渡る戦の決着を見届け、伊達が勝利したとの報を聞き、直ぐ様出兵の令を発したのは武田勝頼だった。
「兵糧はほぼ尽きかけてるみたいだね。制限して五日持つかどうか…って所だね」
偵察に出ていた佐助の報告に幸村は顔を曇らせた。
「佐助……某は…」
「旦那、それ以上言っちゃダメだよ。例え暗君だろうが大将と変わらずに忠誠誓うって決めたんでしょ?」
「それは……そうなのだが、これではあまりにも…」
卑怯ではないか、と呟いた幸村に佐助は複雑な表情で笑ってみせた。
先鋒の真田隊が伊達の本拠地である米沢城に辿り着くのにあと一日……と言う所で、物見に出ていた佐助は目を疑った。
ぞろぞろと開け放たれた大手門から出てくるのは紛れもなく伊達の兵。
沈痛な面持ちで城を出る者達の中には堪え切れずに涙を流す者達もいた。
おそらく、負けを悟って兵を引かせたのだろう。城を出る兵達は手に城の調度品や武器など、金目の物が握られ、脱出する足として軍馬が供されていた。
籠城して多くの兵を犠牲にするよりも潔く開き直り、皆に全てを分け与え散ろうと選択した伊達政宗。
惜しい、と心底思った。
「本丸に続く門の前に、片倉小十郎がいます」
それから到着した真田隊はあっさりと開け放たれた門から侵入した。
城内はしんと静まり、人の影はほぼ皆無。時折、伊達と共に果てようとする兵の姿があるだけだった。
そんな中届いた報告に、幸村は知らず、駆け出していた。
「……よぉ、真田ぁ」
満身創痍。
その言葉を体現した男は一人、門の前に立っていた。
周囲には死屍累々と真田の兵達の屍が積み上がり、小十郎が手にした愛刀・黒龍は血で汚れ、もはや使い物にはなっていなかった。
「……片倉殿」
「ンな哀れみの目で見るんじゃねぇよ。これは乱世の習いだ。伊達は運に恵まれなかったのさ。だがな――…」
皮肉るように笑い、幸村を見つめた小十郎は己の陣羽織で愛刀の血を拭い、切っ先を幸村に向けた。
「諦めの悪ぃ俺は最期まであがく。テメェ等全て叩っ斬ってやるよ」
にやりと小十郎が笑ったと同時に、後方で大きな爆発音が響いた。
「な――」
「門は潰させて貰った。これでアンタ等は少なくとも半時は此処に拘束される」
ざまぁ見ろ、と笑う小十郎に応えるように、突如として大勢の忍が現われ、幸村達をぐるりと包囲した。
「政宗様は既に此処にはいねぇ。――さぁて真田。それの意味が分かるか?」
にやりと笑って、愛刀の背で己の肩をトントンと叩いた小十郎の姿を、彼の言わんとする事に気付いた幸村はぎりりと歯を鳴らした。
「――負傷兵は偽物でござるか!」
「半数はな。暗愚殿に辿り着くまであと二刻、って所か。あの中には政宗様とウチの精鋭が居る。かつての権威に縋る馬鹿なんざ相手にならねぇさ」
甘いテメェの事だから負傷兵は逃がすと踏んだんだぜ?と楽しそうに言い、小十郎は再び黒龍の切っ先を幸村に向けた。
「賭けようじゃねぇか。お前が武田勝頼に辿り着くのが早いか、政宗様が早いか……」
「……何を、でござるか?」
「俺達は奥州、お前等は志だ。負けたら大人しく伊達の傘下に入んな。厚遇してやるぜ」
元からこっちは不利だったんだ。これ位の条件、飲むよな?と言う小十郎の目は爛々と輝いている。
――己を犠牲にしたか。
小十郎と忍達を合わせても真田隊とは数が違う。どんなにあがいても勝てる見込みはない。
それを知り、敢えてこの場に居る小十郎に、幸村は否とは言えなかった。
「……二刻以内に決着を付ける」
二槍を構え、告げればそうこねぇとな、と小十郎が大層嬉しそうに笑った。
続
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