「喜多……か?」
「はい。お久しぶりですね」
にこりと笑うその姿は掌に乗ってしまう程小さい。だが姿は喜多そのものだった。……見事な金髪以外は。
「……それは自毛か?」
「え?あぁ、はい。気付いたらこうなってました」
にこにこと笑う姿は……何才だこれ?十代か?
「……で。お前何で此処にいるんだ?」
「あらいけずな。此処は出島の出口に行くために必ず通らなくてはいけないでしょう?だからきっと、此処で張っていれば会えると思っていましたの」
二ヵ月ほど前からずっとしていたのですよ、と笑う喜多に苦笑いで返し、その小さな身体を掬い上げて着物の袖に入れた。
「小十郎や綱元は?」
「今は市内に貸家を借りています。成実は少し前に世界を見ると言って出ていってしまいましたけど」
「ん。会った。間抜けな悪魔だったな」
「あらまぁ。数奇です事」
ふふ、と笑う喜多に笑い返し、出島を出て喜多の案内に頼りながら歩いた。
長屋の一室の前に立ち止まり、遠慮もなく戸を引けば中に居た男が顔を上げた。
「――おや。お久しぶりです、殿」
「ああ。……お前あんま変わってないな」
中にいた綱元の見た目は殆ど変わっていなかった。……まぁ、若いっちゃあ若いが、それでも二十代前半だ。
「そうですね。まぁ、気にせずに。中へどうぞ」
促され、中に入って板間に腰を下ろし、喜多を袖から出した。
「――小十郎は?」
「早速ですね。残念ながら、今は近所の子と遊びに出ています」
「……って事は人型を取ったか」
「えぇ。つい先日起きたばかりでまだまだ幼いですが。馴れなくてすぐに原型に戻ってしまう事もしょちゅうなので子供達の間では隠れ鬼名人として知れ渡っています」
「……そりゃ、探してもみつからないわな」
小十郎の原型は子狐のような小さな妖怪だ。どう頑張っても原型に戻ってしまえば見つけようがない。
しかも“人型の”小十郎を捜しているのだ。原型に戻れば見つかる訳がない。
「――あ。そう言えばひとつ困ったことが」
「困ったこと?」
「ええ。あの子は――…真っ更なのです」
「真っ更?」
意味が理解できずに眉をひそめれば綱元が近くに積んだ紙の束から一枚取り、それを政宗に渡した。
……紙には、なんだろう。ミミズの絵だろうか。とにかくうねうねとした線が踊っていた。
「これで“いろはにほへと”ですよ。ほら、見えなくもないでしょう?」
「……まぁ、言われてみれば。――って、何なんだよコレ?」
「小十郎が書きました」
……なんだって?
「……字の巧さまで退化したか?」
「いえ。記憶自体ありませんよ。私達すら分かりませんでしたから」
ねぇ?そう言って喜多に同意を求めた綱元に喜多はこくりと頷いた。
「今は本当に……三歳児程度の姿なのですが、まったくの無知ですね」
「よく転ぶし」
「戻るし」
「一日の大半は寝てるし」
「くっつきたがりだし」
「……もういい」
何かムカついた。
俺は昔からこの二人が出す“小十郎は身内”だって言う空気が大嫌いだ。
「――まぁ、そんな訳で殿。小十郎は貴方の事を覚えてないと思いますが、気を落されず」
「別に。小十郎と言う事には変わりないんだから関係ねぇよ。それに成実もなかったしな」
「ああ、そう言えば。会いましたか?成実は小十郎と違ってやたらと成長が早かったですからね」
成実とあちらで遭った時は直ぐに分かったが、どうやら奴に記憶がないのもその発言から何となく想像が付いた。
今だに人の魂を狩っているのだろうか。あちらで見た限り、詰めが甘いので上手い具合に有り付けていないように思うが。
「成長が早い分、中身が伴ってなかったようだがな。――ん?」
ふと、感じた気配に戸口を見た時、計ったように扉が開かれた。
「――おいちゃん」
「おや喜介。どうした?」
戸口に立っていたのはまだ幼い子供だった。素早く俺の影に隠れた喜多を袖に隠し、そちらに身体を向ければ子供は持っていた着物をずい、と綱元に突き付けた。
「また小十郎、隠れた」
「おや。これは何処で?」
「神社」
「……そうか。それは悪いことをしたね。大方、また眠りこけてしまったのだろう。私が捜すからもう帰っていいよ」
着物を受け取り、手間賃とばかりに干菓子を子供の手に乗せると子供は嬉しそうに笑い、出ていった。
「――戻ったね」
子供を完全に見送り、着物を広げた綱元はぽつりと呟いた。
「あの子は神社とか、人の念の集まる場所が大の苦手なのですよ」
「……神主の息子が、か?」
「ええ。信仰関係はもう駄目ですね」
笑って、綱元は立ち上がった。
「さて。捜しに行きますか。ぐったりしている筈ですから」
「ああ」
喜多を袖に入れたまま立ち上がり、衿を正した。
――どうやら、漸く会えるらしい。
続け。
また小十郎出てこずーーー!!あちゃま。
因みに小十郎と成実は記憶がないです。あと二人ほども記憶がない予定。
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