廊下を曲がったときに丁度向こうからやってきた義姫が気まずそうな顔をして視線を逸らし、逃げるように元来た道を引き返したからピンときた。
鍛錬場に向けていた足を返して、目的地を変える。
「ぼーんてん」
日当たりのよい子供部屋。
襖を開けた先には大きな瞳を濡らした息子がいた。
輝と梵「ちちうえ…」
ぐすりと鼻を啜った息子、梵天丸の前にどかりと座り、ぐりぐりと頭を撫でた。
「また義さんにイジめられたか?」
「……」
無言の肯定。
輝宗は困ったように笑い、息を吐き出した。
「義さんだってな、悪気がある訳じゃねぇんだよ。ただ…なぁ、ホラ、あの性格だからさ。思わず思ってることと違うことをだなー…って、泣くなって、なぁ、ぼーんてーん?」
うりうりと溢れた涙を拭いてやって、ぽんぽんと背中を軽く叩いた。
「ったく、男が簡単に泣くんじゃねぇよ。男はなー、惚れた奴の前でしか泣かねぇモンだ」
「…でも父上は梵天の前でも泣いてる」
「……え」
ぼそりと呟かれた言葉に動きを止め、はてそんなことがあったかと思いを巡らせる…が、心当たりがない。
「梵天の前で母上にけられたりふまれたりなぐられたりして、泣いてる」
「いやー…うん。ありゃぁ俺様も教育上よくないとは思ってたが……いや、それはそれとして、あれはだな、梵。義さんの愛情表現の一種で俺はどっちかってーと嬉し…」
「…まぞひすと?」
「どこでそんな言葉覚えたの!!」
おとうさん許しませんよ!と叫んだ輝宗にびくりと肩を竦めた梵天丸。
慌ててご機嫌を取って、深々と嘆息した。
「…誰からそんな言葉教わったんだ、梵天?」
「つな。なぐられてよろこぶのはまぞひすとだって、言ってた」
――後でヤキ入れたる!!
表面では笑顔で息子に接しながら輝宗は内で綱元に大きく舌打ちした。
「――まぁとにかくだ。悲しくて泣くのは惚れた相手だけにしておけ。うれし泣きは…まぁ、臨機応変にだな」
「りん…?」
「あー、梵にはまだ難しいなー」
ごめんごめん、と頭を撫でれば気分を害したのか、ぷいと顔を背けてしまった。
気づけば涙もとうに引っ込んでいるようだ。
「父上はまぞひすと?」
「違う…と、思いたいな」
何が悲しいって、即答できない自分が悲しかった。
今度から子供の前での喧嘩は止めようと心に誓った。
終
輝パパは十分マゾです。(えー)
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