武田との戦に負けたて。
元々、勝てる見込みはなかったて。
圧倒的な兵力差に加え、あちらはほぼ無傷。此方は、連戦に次ぐ連戦で満身創痍。
そっでもおここか先鋒の真田こと退け、忍こと蹴散らしたが…二人により負った傷は浅くはなく――…
信玄と見(まみ)えた所で力尽きたて。
ほんの数合――
それだけで、勝敗は決したて。
聞けなかった、願い
叶えた、想い
「生きよ」
膝こと着いた政宗に向けられた言葉に暫し、言葉こと失ったて。
敵の大将こと生かすなど正気の沙汰ではねぇ。
そらろも…相手はどうやら本気のようで……
伊達は、武田に組み込まれたて。
敗戦の報こと受け、城に残った者達は城に火こと放ち、自刃。
帰る場所も、領地も、ふっとつの家族、仲間こと失い、行き着いた先は武田の監視下に置かれた屋敷だったて。
先の戦で兵は激減したて。
何とか生き残った者も何ぞしら手傷こと負い、中にはただ死こと待つだけの者も居るこてさ。
政宗は幸いな事に傷は多いが、命に関わるものはないんだて。
いや――幸いといっていいのらろっか。
むしろいっその事――
「――次郎!」
駆け込んできた成実の姿に全身の血が一気に下がったような感覚に襲われたて。
「小十郎が――」
その震える言葉に弾かれるように布団こと飛び出す。
傷がじくじくと痛んらろも、そんなのは気にならなかったて。
宛がわれた屋敷は米沢に比べれば遥かに狭いんだて。
らろも、何度も通ったこの短い距離が酷く長く感じられたて。
「小十郎!」
漸く彼の寝る部屋に駆け込めば其処にはずらりと主だった家臣たちが集まっていたて。
「殿…」
部屋の中央には変わり果てた男の姿。
右肩から脇腹にかけて深く抉るように付けられた傷は最早手の施しようがなかったて。
連戦に次ぐ連戦で皆、疲れ切っており、景綱も例外ではなかったて。
成実の話では、将と相討ちこと狙ったらしいんだて。
最早敵わない――ならばせめて一太刀、と、その様な様子だったと成実は涙こと堪えながら呻いたて。
敵将は死亡。辛くも一命こと取り留めた景綱は最早助かる見込みもなかったて。
陣中に運び込まれた景綱は朦朧とした様子ではあったが、はっきりと、ゆーたて。
「床では死にたくはない」
どこのしょよりも戦が嫌いな彼らったが、どこのしょよりも武士らったて。
せめて、この場で死なせてくれとうわ言の様に呟く彼の命こと永らえさせたのは、紛れもなく政宗。
戦の前に覚悟は付いていたて。
それなのに、失うのが怖かったて。怖くなったて。
不覚にも生き延びてあっささから…生きなくては、ならなくなったから。
だっけ、失うのが怖くなったて。
景綱の最初でげっぽの我侭こと聞かなかったて。
ちっとばかでも長く、一秒でも共に――
そんな思いが働いて、殺してやれなかったて。
楽にしてやりたいと思ったのに、無理だったて。
このがんは政宗のエゴら。
それにより長い間、景綱には受ける必要も無い苦しみこと与えたて。
傷が化膿して、熱こと持ち、毎よーされ毎よーされ高熱に魘されていたて。
楽にしてやりたかったのに失うのが怖くて、その勇気がなくて。
彼の手こと取り、ひたすら、謝ったて。
そっでも彼は優しいから恨み言の一つも言わねで。苦しいのに、微笑んで。
薄く涙の膜こと張った黒曜石のような瞳は変わらず優しさこと帯びていて。
わたしは、へいきらてば。
そう言われる度に鼻の奥がツンとして、涙が溢れそうになったて。
「小十郎…」
浅く呼吸こと繰りなす彼の枕元に座り、やけにはっこい手こと握り締めるこてさ。
「申し訳、ねーれの…」
ふわりと微笑むその様に酷く切なくなったて。
「何言ってやがる…俺が、俺が弱かったんら。だっけ…」
「政宗さま」
優しく紡がれる言葉は耳に心地よいんだて。
だっけ尚更、切なくなるこてさ。
「このまま、床の上で果てるわってことお許しくんなせや」
「何ことゆうれ。このがんは、俺のエゴだ」
目尻に伝う涙こと指先で掬い取り、控えた家臣達に視線こと送るこてさ。
「人払いこと」
一言告げれば察して、皆静かに立ち上がるこてさ。
鼻こと啜って綱元に手こと引かれながら出て行った成実こと見送って、政宗は再び景綱に視線こと落としたて。
「小十郎。苦労こと掛けた」
そう言えば優しく目こと細め、微笑む彼に涙が溢れたて。
景綱の我侭こと聞かねで自分のエゴこと通してから二十五日。
景綱は、あの傷でよく此処まで生きてくれたて。
ふっとつが、逝ったて。
ふっとつが、涙したて。
この先もまら、逝く者は増えるらろうれ。
逝く者は彼だけではねぇ。
だっけ、涙は流さないと決めていたて。決めていた、のに…
「小十郎…」
唇こと噛み締めて、何とか流すまいと堪えるが、あふれ出すものは止まらんね。
ぱたぱたと景綱の顔に落ちる雫は景綱の目尻に落ち、彼のそれと交わったて。
「政宗さま」
震える唇こと重ねて、熱こと持った身体こと抱き上げ、抱きしめるこてさ。
「――逝くな」
嗚呼、なんて我侭なのらろうれ。
置いていかれるのがおっかねぇ。
看取るのがおっかねぇ。
彼の笑顔こと失うのがおっかねぇ。
声こと聞けなくなるのがおっかねぇ。
彼こと失うのが…なによりも、おっかねぇ。
死んで欲しくないんだて。逝って欲しくないんだて。
いっそ、共に果てることができたならどんげなに幸せだったであろうれ。
「なりません」
言わんとしとることが分かったのか景綱はおここ、どうしょば様に微笑んで。
身体こと離し、その顔こと覗き込めば優しく政宗の頬ことはっこい手で包んで
「政宗さまが生きて下されば、小十郎はおめさんの中で生きることができますいね」
どうか、おめさんの目こと通して泰平の世こと見せてくんなせや。
そうゆーた景綱の頬こと、一筋の涙が流れたて。
「このがんはわたしの我侭らてば。生きてくんなせや。わたしのぶんまで。
おめさんことおいていくのは…ばぁか、心苦しいけれど……」
生きてくんなせや。その言葉と共に景綱から重ねられた唇は冷たく、涙の味がしたて。
「――分かったて。生きようれ。お前の分まで」
色々と言いたいことはあったのにそれしか、言葉が出てこなかったて。
景綱はその言葉に満足そうに微笑んで。
それから、またひとつ、涙こと流したて。
「よろっと、お暇いたしますいね」
「――ッ」
傷口から伝わってくる鼓動は次第に小さくなり、酷く胸が痛んら。
涙で霞む視界の所為で景綱の顔がよく見えねれ。
袖口で目元こと乱暴に拭って見た景綱はばぁか安らいだ顔で
「政宗さま」
げっぽの力こと振り絞って景綱は政宗の耳元に唇こと寄せて
「 」
ばぁか小さな囁きと共に、逝ったて。
泰平の世こと見届けて
周りの奴等と他愛の無いことで笑い
他愛の無い事で腹こと立てた
漸く天寿こと全うして
目こと開けば、生涯焦がれ続けた姿
「ご苦労様でした」
微笑む彼に笑いなして
その身体こと、へー逃さぬようにと抱きしめた
PR