のどかな昼下がりの午後。義は自室にいた。
そして義の膝の上に頭を乗せ、一心に『論語』を読み耽っているのはつい最近婚姻した彼女の夫、伊達輝宗だ。
さらさらと風で葉が擦れ合う音や時折響く輝宗が本を捲る音以外に音を立てるものはなく、ゆるりとした空気がその場に漂っていた。
義は庭に向けていた視線を引き戻し、膝の上の輝宗に視線を落とした。
目筋の通った端整な顔。
その瞳を縁取る睫毛は長く、顔の輪郭もしゅっと締まっていて実年齢よりも若く見える。
雪国ならではの白い肌に艶やかな黒髪はさらさらとして手触りがいい。
……こう言う容姿を、美丈夫と言うのだろう。兄も幾分か整った顔はしていたが、父に似た所為か輝宗と比べれば足元にも及ばない。
「何か付いてるか?」
気付けば輝宗が『論語』を胸の上に置き、じっとこちらを見つめていた。
気を抜いていた為か驚き、なかなか言葉を紡げないでいるときょとんとしたように数度目を瞬かせた輝宗が満面の笑みを浮かべた。
「……義さん、見惚れた?」
「――ッ!」
思わず殴りたくなったが心底嬉しそうにしている輝宗を見ると、どうにもできない。
――情が湧いている…
義は焦りを覚えた。
伊達家に来たのは、この家を潰すためだ。
男子を産み、喜ぶ輝宗の不意を突いて命を奪い、生まれた子を盾として最上まで逃れる算段は此処へ嫁ぐ前から付いていた。
――情が湧いては、大事の時に要らぬ障害となる。
これ以上深入りしてはいけない。戒めるように、己にそう言い聞かせた。
「義さん?」
不思議そうに義を見上げてきた輝宗にはっと意識を引き戻し、咄嗟に頬に触れようとしていた手を跳ね退けた。
しまった、と思ったがやってしまったものはもうどうしようもない。
驚いて動きを止めたままの輝宗の髪を一房掬い、引き寄せた。
「……義さん?」
不思議そうな顔で見上げてくる輝宗に応えず、掬った髪を指先で弄んだ。
髷を結える程度に切り揃えられた髪はさらさらと手触りが良く、するりと指から零れ落ちる。
女子なら誰もが羨むこの髪も、輝宗には嬉しくないらしく、何時も髪を纏めるのに苦労していた。
「……髪」
「髪?」
「……延ばさないのですか輝宗殿?」
尋ねれば再びきょとんとした様子で目を瞬かせ、それからああ…と輝宗は己の前髪を指先で摘んだ。
「……延ばした方がいいのか?」
「妾は、そう思います。妾では到底適わぬ烏羽色じゃ。切るのは忍びない」
「そっか……俺は義さんの亜麻色も好きだけど」
それに紐が滑り落ちて結構大変だし、と唇を尖らせてから輝宗は義を見上げた。
「じゃあ義さんがそう言うなら、延ばそうかな?」
これでもか、と言う程の満面の笑顔。
素直すぎるその姿に乱世には向かぬと思った。それと同時に、何故か胸の辺できしりとした痛みが広がる。
「――綺麗」
湧いた感情を振り払うように再度髪に視線を落とし、暫らくずっと、その手触りの良い髪を梳いていた。
終
Marieさんに許可を頂いてMarieさん宅の義姫様とウチの輝パパです……!
一周年おめでとうございます~!こんなので申し訳ないですが、よかったらお納めくださいませ……!
しかもブログにupって……orz
山岡さんベースでいってみました。義姫様は梵天産んでからすぐにまた竺丸孕んで計画遂行できなかったのですよ。情にほだされちゃったからね☆
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